東京家庭裁判所 昭和45年(家)577号 審判 1970年5月11日
申立人 峯崎芳子(仮名)
主文
板橋区長加部明三郎は、昭和四四年一〇月二七日付をもつて、本籍東京都板橋区○○△△番地夫村田一夫(大正一一年三月一日生)と妻申立人との間の婚姻届を受理せよ。
理由
一 申立の要旨
申立人は昭和三八年六月一五日主文掲記の村田一夫と事実の夫婦として本籍地で同棲を始め、昭和四二年夏頃板橋区○○町二六番地に転居した。申立人には前夫との間の子がいたため婚姻届出をなすことを見合わせていた。
村田一夫は幼少時かかつた小児麻痺のため歩行困難な身体障害者であつたが、昭和四四年五月脳溢血で倒れ、さらに半身不随となつた。村田一夫は同年八月病院退院後申立人との婚姻届出をなすことを言い出し、婚姻届出用紙に同人及び申立人ならびに申立外藤田三郎、松下みつ子が証人として各自署名捺印して婚姻届出書を作成し、昭和四四年一〇月二七日申立人が板橋区役所の戸籍課に提出した。その際妻たる申立人の戸籍謄本の添付がないこと及び届出書の訂正印の押捺のないことを理由に上記婚姻届出は受理を拒まれた。同年一一月一三日申立人の戸籍謄本が本籍地の役場から届いたので、申立人は同日申立外松下みつ子に届出を委託したまま旅行に出たところ、翌一四日午前九時村田一夫は自殺により死亡したため、再度の届出はできなくなつた。
ところで、上記婚姻届出は結局板橋区長加部明三郎が不受理処分をなしたものであるが、訂正箇所の捺印箇所は届出が受理された後の補正が許され、かつ戸籍謄本の追完も許されるから、これらの欠缺を理由に届出を不受理とすることは許されないものである。
よつて、板橋区長に上記婚姻届出の受理を命ずる審判を求めるため本件申立に及ぶ。
二 当裁判所の判断
本件記録中の戸籍謄本、婚姻届出書写、昭和四五年一月九日付板橋区長作成の不受理証明書その他の添付書類および申立人審問の結果を総合すると、次のとおりの事実が認められる。
申立人と亡村田一夫は昭和三八年六月一五日から同棲して事実上の婚姻生活をはじめたが、申立人は先夫の子があるためから婚姻届出を差控えていた。ところがかねて病弱であつた村田一夫が脳溢血で倒れ、昭和四四年五月病院に入院した頃から村田本人が婚姻届出をするように言い出し、同人の退院後の昭和四四年一〇月二七日自宅に証人となつた藤田三郎、松下みつ子も集まり、申立人および村田一夫がいずれも自己の意思にもとずいて自ら届人欄に署名押印し、証人二名もそれぞれ署名押印し、申立人が必要事項を記載して婚姻届書を作成し、申立人が同日村田一夫の本籍地である板橋区役所に持参し、同区長宛提出した。
ところが、同日申立人は申立人の戸籍謄(抄)本を持参せず、婚姻届書中夫の本籍地欄の町名地番を誤記し、申立人自身の氏の峯崎を峰崎と誤記していた箇所の訂正について訂正印がなかつたため、以上二つの理由により、同区長は同日上記婚姻届出の受理を拒否した。
その後間もなく、一一月一四日、村田一夫は死亡した。
以上の事実が認められる。
板橋区の戸籍事務担当者日沼貢審問の結果によると、本件婚姻届出は申立人が事実上任意撤回したものである旨陳述しているけれども、前掲証明によると、昭和四五年一月九日付板橋区長作成の「不受理証明書」と題する書面を同戸籍事務担当者が申立人に交付しており、上記証明書には、「不受理事項の要旨」として「右婚姻届出は妻となるべき峯崎芳子の戸籍謄本(抄本)の添付がないこと並びに届書中訂正箇所あるも届出人の訂正印の持参しなかつた理由により受理しなかつたことを証明する。」と記載されていることが認められるので、上記婚姻届出が受理されなかつた経緯として、申立人が届出を持参して事実上持帰つたという事実行為があつたに過ぎなかつたものとは認められず、昭和四四年一〇月二七日申立人の届出があり、戸籍管掌者においてこれを受領し、審査して、上記の不受理証明書記載の事項を理由として不受理とし、届出人に届書を返戻したものと判断せざるを得ない。
そこで次に上記不受理の理由について考えてみる、まず届出書に対する戸籍謄(抄)本の未添付については、戸籍法規則第六三条によると、婚姻届出等の受理に際して市町村長は戸籍の記載又は調査のため必要があるときは戸籍謄本又は抄本その他の書類の提出を求めることができると規定し、戸籍法第一〇〇条二項(分籍届)同法一〇八条二項(転籍届)のように、戸籍謄本の添付を必要的なものとはしていないから、必要的とされていない戸籍謄本(抄本)の未添付を理由として婚姻届出につき戸籍管掌者が受理を拒むことは許されないと解すべきである(大正六年六月二二日民一一八〇号法務局長回答参照)。
つぎに届出書中の訂正箇所があるも届出人に訂正印の持参のないこと、つまりは訂正印のなかつた点について考えると、戸籍法第三四条二項の趣旨にしたがうと、届出書に記載すべき事項であつて特に重要でないと認められる事項の記載のないことを理由に受理を拒むことは許されないと解されるところ、本件届出書中、本籍地の町名地番あるいは申立人氏名中の一字に訂正印の押捺を欠くということは、婚姻届書において本質的に重要な事項とは認められないので、このことを理由に受理を拒むこともまた許されないと解される。
なお、申立人と亡村田一夫との婚姻は何ら実体法規に抵触するものとは認められないので、板橋区長宛なされた本件婚姻届出は板橋区長において届出のなされた昭和四四年一〇月二七日付をもつて受理すべきものと判断される。
以上の次第であるから、申立人の本件不受理処分に対する不服申立について、主文のとおり審判する。
(家事審判官 野田愛子)